公開株式会社において業務執行の決定・監督を行う取締役会の構成員たる取締役は、その職務を行うにあたり会社に対して善管注意義務を負っています。この義務に違反した場合は行為の差止め又は損害賠償請求の原因となり得ますが、取締役が尽すべき注意の内容は具体的状況に応じて様々であり、必ずしも明確とはいえません。私は、取締役会制度の母法であるアメリカ会社法の研究を通じて、わが国における取締役の善管注意義務の内容を具体化していくことを主たる研究目標としています。

1.会社不祥事と内部統制体制構築に関する役員の民事責任

 取締役の一般的注意基準を確認した後、判例の検討から共通の認定要素を抽出し、監視監督における注意義務の具体的内容を明らかにしました。 取締役が監視義務を果すうえで不可欠な権利である業務財産調査権について、その意義と性質上の制限を明確にし、わが国における立法化を提言しました。最近の社外取締役制度の導入により、調査権立法化の必要性は増大しています。

 業務執行担当者に対する個別的な監視が困難である中規模以上の株式会社について、法令遵守プログラムを組込んだ内部統制システムの構築とその実施をもって取締役の監視義務の具体的内容とすることを提言しました。
 取締役が刑法や行政取締法規に違反する行為をした場合、会社に対する責任はどのように根拠付けられるのかを論じました。

2.企業買収における会社役員の行為基準

 アメリカ会社法において経営判断原則により希釈化されていた注意義務概念が、1980年代のM&Aに関する判例を契機に復活したこと、また、意思決定のプロセスで注意義務が尽されていることが経営判断原則適用の前提要件であるというデラウェア州判例法の確立を論証したうえで、利益相反取引・競業取引の承認、企業防衛策の決定、役員報酬の決定、代表訴訟の終結などの経営判断において、独立性を有する社外取締役が取締役会の過半数を占めていることが、経営判断原則による法的保護を受けるために重要な要因となっていることを判例の分析を通じて明らかにしました。

 M&A交渉文書中に用いられる取引保護条項の有効性について、契約の自由と会社法原理との緊張関係という視点から、デラウェア州判例法を参考に、わが国における解釈論を展開しました。

3.証券投資者クラス・アクション

 会社法制定による組織再編の柔軟化にともない、TOBやMBOといった手法がとられるようになっていますが、わが国では個人株主や投資者の権利が十分に守られているとはいえない状況です。取締役らが株主利益のために果たすべき役割を明確にするためには、証券クラスアクション制度の導入など新たな立法措置が不可欠だと考えます。その方向にそった研究・提言・実践活動を目指していきます。